2018年01月22日

七里の渡しパソコン画

先回七里の渡しの水彩画を載せましたが、今回行燈塔の部分をパソコンで描きました。Windowsの中にあるペイントを主に用い、着色を「ゆめいろ絵具」、「GIMP}を用いました。これらのソフトは無料で使用でき、操作も簡単ですが根気のいる作業で、目が疲れるのが欠点です。
ただパソコン使用なのでやり直しが容易で、絵具や紙の費用がかからないのが利点です。水彩画は右脳>左脳、パソコン画は左脳>右脳、と両方行うとバランスがとれるかなと?自己満足しています。
  

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2018年01月17日

七里の渡し

名古屋市熱田区の宮の渡し公園を描きました。元和2年(1616年)東海道における海上路として熱田と桑名を結ぶ約7里の起点となる湊が始まったようです。江戸時代の人達のお伊勢参りに多く利用されたことでしょう。
名古屋城築城の際、石や木材を運ぶため掘られた運河堀川に通ずる湊でもあったようです。描いた右側の建造物が常夜灯で左側のが時の鐘と言われ、両者で灯台の役割を果たし多くの人々を海難事故から救ったと思われます。
  

Posted by mc1557 at 10:26Comments(0)TrackBack(0)

2018年01月01日

新春名古屋城

新年おめでとうございます。
名古屋城の絵は難しく、気後れしましたが描いてみました。
1600年(慶長5年)関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康は西日本の押さえとして那古野城跡に名古屋城を築きました。
石垣や堀の工事は西国、四国、九州、の外様大名多数による天下普請で行われました。城は家康の9男義直に統治されて来ました。
築城から明治維新までの間、名古屋城が戦場になることはありませんでした。堅固で壮大な城と軍備が隙を与えなかったのでしょう。
今の時代にも当てはまると思います。戦争をしないため、侵略されないための防御の軍備は最小限必要と思います。
  

Posted by mc1557 at 15:31Comments(0)TrackBack(0)