2018年04月05日

松重閘門

名鉄電車山王駅近くに松重閘門があります。名古屋城築城時掘られた運河「堀川」と、大正時代名古屋港と貨物駅笹島を結ぶ「中川運河」は部分的に並行に作られていました。産業の発展につれ、この両川の連結が要望されましたが堀川の方が水位高く潮の干潮による変動もあり問題でした。そこで両川の連結部分にパナマ運河と同様の「閘門」が1930年(昭和5年)設けられました。しかしその後、船舶運航量減少のため1968年(昭和43年)廃止され、現在は名古屋市の有形文化財として保存されています。掲載した絵は堀川側から見た景色です。
  

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2018年02月20日

酒田の山居倉庫

昨年小学校時代の友人(ホノルル在住)と秋田、山形を旅しました。
そのとき訪れた酒田の古い倉庫と欅並木が印象的で撮った写真を絵にしました。
1893年(明治26年)に建てられた米保管倉庫で現在も現役で、収容能力18万俵だそうです。
驚いたのは夏の高温防止のため欅並木を配し、内部の湿気防止には二重屋根にするなど自然を利用した先人の知恵です。
以前NHKの「おしん」のロケにも使われたのことでした。
  

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2018年01月22日

七里の渡しパソコン画

先回七里の渡しの水彩画を載せましたが、今回行燈塔の部分をパソコンで描きました。Windowsの中にあるペイントを主に用い、着色を「ゆめいろ絵具」、「GIMP}を用いました。これらのソフトは無料で使用でき、操作も簡単ですが根気のいる作業で、目が疲れるのが欠点です。
ただパソコン使用なのでやり直しが容易で、絵具や紙の費用がかからないのが利点です。水彩画は右脳>左脳、パソコン画は左脳>右脳、と両方行うとバランスがとれるかなと?自己満足しています。
  

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2018年01月17日

七里の渡し

名古屋市熱田区の宮の渡し公園を描きました。元和2年(1616年)東海道における海上路として熱田と桑名を結ぶ約7里の起点となる湊が始まったようです。江戸時代の人達のお伊勢参りに多く利用されたことでしょう。
名古屋城築城の際、石や木材を運ぶため掘られた運河堀川に通ずる湊でもあったようです。描いた右側の建造物が常夜灯で左側のが時の鐘と言われ、両者で灯台の役割を果たし多くの人々を海難事故から救ったと思われます。
  

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2018年01月01日

新春名古屋城

新年おめでとうございます。
名古屋城の絵は難しく、気後れしましたが描いてみました。
1600年(慶長5年)関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康は西日本の押さえとして那古野城跡に名古屋城を築きました。
石垣や堀の工事は西国、四国、九州、の外様大名多数による天下普請で行われました。城は家康の9男義直に統治されて来ました。
築城から明治維新までの間、名古屋城が戦場になることはありませんでした。堅固で壮大な城と軍備が隙を与えなかったのでしょう。
今の時代にも当てはまると思います。戦争をしないため、侵略されないための防御の軍備は最小限必要と思います。
  

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2017年12月19日

四間道界隈

桜通線国際センター駅の近く那古野に戦災を免れた江戸時代の街並みが残る四間道(しけみち)があります。江戸時代慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清須越しにともなって商人たちが住み着いて作られた商人の城下町誕生となったようです。
元禄13年(1700年)の大火で1600軒余りが焼失し、その後尾張藩4代藩主徳川吉通は堀川沿いにある商家の焼失を避けるため中橋から五条橋までの道幅を4間に拡張したのが始まりの様です。
ギャラリーやカフェ、レストラン、土蔵、屋根神さまのある街並みは魅力的な散策路です。
その中で、花と民具に彩られた一軒のお家の雰囲気がすばらしく写生させていただきました。
  

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2017年12月08日

サイパンの海に想う

12月8日が来るたびになぜ戦争を始めたのか考えさせられます。
10年前サイパンを訪れた時、南国の美しい海を見ました。1944年7月のサイパン戦で軍人約31、000人、民間人約10,000人が亡くなりました、玉砕です。
彼らはこの海をどう見ていたでしょうか、彼方の日本の地に望郷の夢を託しながら戦死、自決に追い込まれたのです、慙愧に堪えません。その南国の海を、撮った写真をみて描きました。平和な日本は彼らの礎にあることを忘れてはなりません。
  

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2017年12月06日

名古屋城西南隅櫓

名古屋城の西北にお濠があり、堀越に見るお城は美しい。西南隅櫓は2層3階で天守閣と同時期の1612年に完成しています。隅櫓は攻めてくる敵の動きをここで監視したり防戦する役割は重要でした。名古屋城の四隅に、東北隅櫓、西北隅櫓、東南隅櫓、西南隅櫓とありましたが東北隅櫓は消失して現在は3つの隅櫓が残っております。絵に描いた西南隅櫓平成22年から26年にかけて修復が行われました。2017年11月9日に内部の特別公開が行われたようですが、残念ながら見逃しました。次回公開の際はぜひとも参観したいと思っています。
  

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2017年12月05日

金鯱 東山植物園

東山植物園温室にメキシコのサボテン金鯱があります。金鯱という名前は昔中国から輸入された時の名前で、学名は次のようです。
Echinocacutus Grusonii Hildm
黄色のトゲのある球形の大きなサボテンでメキシコ中央部に発生し、
トゲを抜いて食用されるようです。
このサボテンと置かれている土偶か象形土器との組み合わせが面白く写生しました。この土器についても興味がありますが、ぼちぼちと調べたいと思っています。
  

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2017年11月25日

中秋の上田城跡公園

10月25~26日JTCC東海支部の信州大学繊維学部とミシン針製造のオルガン針㈱の訪問研修会が行われ参加しました。26日早朝上田城跡公園を散策し、紅葉の時期には少し早かったのですが、その時目にした黄色と赤色の紅葉が美しく写真に収めました。帰宅後、記念に掲載の水彩画にしました。
昨年の大河ドラマ「真田丸」の余韻が残っている上田市は、初めての訪問でしたが落ち着いた文化と歴史が溶け合った良い街でした。
「草笛」の蕎麦は味と量で大満足でした。
  

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2017年11月22日

市政資料館

JTCC東海支部の橦木町事務所の傍にある市政資料館は旧名古屋控訴院地方裁判所として1922年建設された庁舎を改修し、1989年に公文書館「市政資料館と」して一般に公開された。           ネオバロック様式の赤レンガつくりで内部も立派な建築内容となっている。 橦木町事務所で開催されるCPD研修会や各種講座の際には、この建物の敷地を近道として通らせてもらっている。        今年から水彩画を始め、モチーフとしてこの市政資料館を選んだが、いざ描くとなると精巧な建築模様を表現するのは難しいことが分かった。 以前からこの資料館の庭を近道として通つている時は気が付かなかったが庭園の西側に銅製の女性像があるのが分かった。     調べてみると製作者は山本眞輔さんとあり、「風光る」と書かれている。その反対の東側に同じ製作者で「風薫る」がある。絵の中に風の光りを  表現するのは初心者の自分には無理で、今後いかにしたら「風光る」、 「風薫る」を絵にかき込めれるか研究課題としたい。
  

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